長崎県壱岐島の百科事典 - Ikipedia -

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月読神社の概要

月読神社のご祭神は、

中 月夜見尊(つきよみのみこと)
左 月弓尊
右 月讀尊

月讀尊(つきよみのみこと)は天照御大神(あまてらすおおみかみ)弟の神様とし月夜見尊(つきよみのみこと)月弓尊 月讀尊などの文字が用いられています。

鎮 座 地(祭られている所)
   長崎県壱岐郡芦辺町国分東触


鎮 座 年 数(記録上に記される時)
 西暦 487年に月読神社に天月神命(あめのつきのみたまのかみ)を祭り、   高御祖(たかみおや)神社には天月神命の祖(おや)の高産霊尊(たかみむすびのみこと)を祭られました。


境 内 地
六百四十九坪

ご 神 徳(神様のお働き)
農業・魚業・薬業・医療・牛・馬・土木建築・和歌・衣料・酒造等の経済、生活全般

ご 由 来
 延喜式神明帳に壱岐郡月読神社、名神大(みょうじんだい)と記録され、月讀尊の御事について古事記(こじき)の上巻に、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)伊邪那美命(いざなみのみこと)の二柱(ふたはしら)の御親(みおや)神様が、左の目を洗い天照御大神をお生みになられ、次に右の目を洗い月讀尊をお生みになられたと記されてあり、月讀尊は夜乃食国(よるのおすくに)をおさめるようにご委任になられたと記されてあります。
日本書紀には、「すでに大八州国(おおやしまのくに)つまり日本国と山川草木を生むことができた、いかぞ天下(あめのした)の主君(きみたるもの)を生まざらむ」と言われて、ここに天照御大神をお生みになられ、次に右の目を洗い月讀尊をお生みになられました。
月讀尊はその光彩(ひかりうるわしいこと)が天照御大神に次ぐものであるとたたえてあります。
日本書紀の一書には、日に並ぶとも記されています。天照御大神および月弓尊はならびにこれ、質性明麗(ひととなりてうるは)し。ゆえに、天地(あめのした)に照(て)らし臨(のぞ)ましむ。
天照御大神のご紳徳は「その光華明彩(ひかりうるわしいこと)が六合(くに)に照りとおるほどでございます」と太陽にたとえて記されてあります。
ですから、月讀尊のご威徳は、それに次ぐものとして月になぞらえておたたえしたものと拝されます。





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月読神社、壱岐の歴史などについては、こちらにも掲載しています。

 http://www5.ocn.ne.jp/~tukiyomi/menu.html



テーマ:長崎 - ジャンル:地域情報

■壱岐の神社 | コメント:1 | トラックバック:0 |

壱岐牛 小牧崎

壱岐の西部、猿岩へ向かう途中から左へ入っていくと小牧崎というとても見晴らしの良い所があります。

駐車場に車を停めて歩いていくと、全国的に有名な壱岐牛(壱州牛)が放牧されています。

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人に慣れているので、近寄っても特に気にする素振りもみせずのんびりとしていて、ストレスなく育っているのがすぐにわかります。
海の潮風で適度に塩分を含んだ草を食べているのも、上質な肉質になる要因であるという話も聞いた事があります。
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壱岐牛はブランド牛としても有名になりつつあり、壱岐の人でも気軽に食べられない程高価になっています。

ナイフであっさりと切れる柔らかさと、口に入れて肉汁が溶けていく瞬間はたまりませんよ!

壱岐では新鮮な魚介類やウニも有名ですが、壱岐牛も外せません。
壱岐牛については、今後またお伝えしたいと思います。)


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さて話がそれてしまいましたが、この小牧崎は見渡す限り青い海!水平線が広がり、自然の素晴らしさを肌で感じる事ができるスポットです。

春になると、磯まで下りて「ミナ」や「ヤドカリ」、カニや小魚に触れたりしても楽しいです
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ツアー旅行では小牧崎へ来る事はないので、ツアー以外で壱岐へ来られる方は、ぜひここへいらして下さい。

より大きな地図で 壱岐の島注目スポット を表示


テーマ:長崎 - ジャンル:地域情報

■壱岐の風景 | コメント:1 | トラックバック:0 |

賽神社

 賽の神は、道路の分岐点や村境などに祭られている道租神のことで、
通行する人を守ったり、災いが村に入るのを防いでくれる神様として
祭られています。
 ご祭神は、猿田彦の妻のアメノウズメノミコト。
この神は、天照大神が天の岩戸の中にお隠れになった時、
胸チチもアラワにしかも、下の帯もはだけホト丸出しにして舞をまわれ、
八百万の神々が大いに楽しまれたという。

このことで芸能の神様として親しまれています。

女の神様が祭られているので、男根を奉納してお慰めているのでしょう。

安産、夫婦和合、縁結び、など色々な祈願がなされています。
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場所:郷ノ浦町下る町 郷ノ浦港から車で3分




■壱岐の史跡 | コメント:2 | トラックバック:0 |

旧熊本利平宅

旧、熊本利平氏宅の石垣
 朝鮮熊本農場で4千町歩もの農園を経営していた熊本は、終戦後は壱岐に帰り、君ガ浦の防波堤や石田小学校の講堂、白水線の道路などに尽力した。

ここの石材は、佐賀県鎮西町産で、総数6千5百個の角石材で、昭和14年1月から1年掛けて完成した。石は大きいもので1m以上、普通のもので50cm角のそろったもので、特に本町筋の門構え石や礎石などは見事な物。
 
この工程は実に優れた技術と石材の粋を集めたものばかりで素晴らしい近代的な城郭で、壱岐の歴史的遺産としても価値あるものです。

★ 表 門 台桧の丸太を柱に、戸板は屋久杉の一枚もので特有の年輪は美しく、細かな木目を露わしている、たいへん珍重すべき逸品です。

 昭和44年9月長崎で行われた第24回国民体育大会の開会式に現在の天皇、皇后両陛下がご来島になられたおり、壁雲荘の門に入られ、ここでご昼食とご休憩をなさいました。    

★ 花雲亭 碧雲荘の裏手に、こじんまりとした御茶席があります。
東側が控え席で、西側の小さいのが御茶席で見るからに風雅な装いで静かな雰囲気です。
これは、昭和17年10月、故、久邇宮(くにのみや)邦彦妃、ちか子様のご愛用の御茶席「花雲亭」を熊本利平にご下賜されたもの。

 壱岐の島にこのような由緒ある建物のあることを再認識して、情緒ある文化を高めるために有効利用したいものです。

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場所:石田港より車で3分
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■壱岐の史跡 | コメント:0 | トラックバック:0 |

筒城浜海水浴場

 浜辺は、夏だけのものではなく、一年中私たちを癒してくれます。

目の前に広がる海を眺めながら砂浜を散歩する。
そして静かな浜辺でのんびりと過ごすと、この上ないぜいたくなひと時がすごせます。

石田町の東海岸一帯を筒城海岸といいます。
ここは石灰岩の生物遺骸の破片を多く含んだ、白砂の浜で海岸砂丘も見られ、空と海はコバルトブルーに映え、まるで南国の海のように眩しい。

約400mにも及ぶ半月形の砂丘は沖縄の海より奇麗であるといわれています。

tsutsuki



小さな浜ごとにそれぞれ由緒ある名称があり別名筒城七浜といわれています。

そして、年間通してマリンスポーツを楽しむことが出来ます。

浜の近くには、民宿やペンションなど宿泊施設も多い。

 向かいの大きな鳥居は、白沙八幡宮で、砂浜は不浄なものは流れ着かない神聖な浜といわれています。

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アクセス:印通寺港より車で5分
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■壱岐の観光 | コメント:0 | トラックバック:0 |

白沙八幡社

ご祭神、応神天皇、神功皇后、仲哀天皇、
仲姫之命、仁徳天皇、玉依姫、武内大臣
 昔々の伝えです。岐の島に神功皇后様いつお帰りなさいましたか、と土地の者が尋ねました。
すると皇后は「夕べ着いた」と答えられたので、この裏のほうの海岸を「夕部」と呼ばれるようになったといわれています。。

ある時、皇后は長岳という丘の上に登られて村内の景色をご覧になられ、「東に清水あり、南に蓬莱あり、西に和泉あり、北に福小路あり、筒城の徳満崎に宝珠ある村である」とほめたたえられました。

また、壱岐島に皇后がご上陸されたときに、石田の海浜に着かれて陸にあがられた時に、「カモジ・(つけ髪)」を落とされました、そこの瀬を「カモセ」と呼ばれました。今の「カモ瀬」のことです。

その時に波に濡れた衣を干されたので、その所を「錦浜」という名前を付けられました。

ここの拝殿の中央に由緒ある「からびつ石」と呼ばれる石があります。
古くより、社の改築の時にも、人々は敬って除こうとはしませんでした。

今も拝殿の中央に横長い石があります。なにか神々しい雰囲気の石です。

 拝殿の天井にはきれいな三十六歌仙の絵が飾られています。
また、この神殿の裏山は、自然の森があります。
椎の巨木がたくさんあります。

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アクセス:石田港より車で5分
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■壱岐の史跡 | コメント:0 | トラックバック:0 |

乙宮神社

 ここのお宮は、榎木の大木がまず目を引きます。相当古い巨木で、塀の上に枝が載っていますが枝の重さで塀の屋根瓦が壊れています。
まことにご神木にふさわしい神々しさをかもし出しています。

★ ご祭神は豊香節野尊(とよかぶののみこと)この神は日本書紀に一書に出てこられる神様で、別名、豊国主尊、豊かに雲が湧き出る様子を表したものと考えられています。
★ 蛭児命(ヒルコのみこと)この神は、イザナギ、イザナミ神の最初の子供で、女神のほうから先に声をかけたので手も足もない子が生まれました。二柱の神はアシ舟にのせて海に流してしまわれました。と記される神様
  七福神の一神として親しまれています。航海、海の安全を守る神として漁民関係の方々に厚く信仰されています。
★ 事代主命〔ことしろぬし〕は、釣りが好きだということで鯛を抱えて釣竿を持つというなじみの姿で、やはり水産業、海運業の守り神、水難火難除けの神として信仰されています。

 ここ山崎は、原の辻遺跡の入り口に当たるところです。昔からかなり重要な岬だったようです。海神社という式内社もすぐ近くにあります。

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アクセス:石田港から車で8分
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